再考 チノクロスパンツ略してチノパン
バーンストーマーです。
ジーンズと並びアメカジの定番アイテムのパンツと言えばチノパンですね。
このチノパンもジーンズと並び奥深いアイテムですので掘り下げてみます。

現代に流通しているチノパンは2タイプあるとされていますが元は同じなので元を探ります。
掘り下げると中国辺りからスタートしますが今回はさらに遡ります。
原型は英国陸軍のラムズデンがインドに駐留していた時に考案したとされています。
当時英国軍の制服のパンツはホワイトでした。しかしインドでは泥や埃で汚れが目立つ欠点がありました。
ラムズデンはそこで自分の部隊だけ白いパンツを土色に染める事を思いつき現地の染料で染めます。
染料はコーヒー、カレー粉を濁った水に溶かし染めました。この色がカーキ(ヒンズー語で埃や泥の意味)と呼ばれる色です。
このカーキの色は思わぬ効果がありました。
ホワイトよりも汚れが目立たないのはもちろん、戦場で負傷した際の血液の色がホワイトよりも落ち着きた色で、
兵士達がパニックを起こしにくかったのです。この効果でカーキは英国陸軍に採用されました。
チノクロスと呼ばれるのはマンチェスターで生産された生地が余り中国へ輸出。それを買い付け輸入していました。
カーキ色のコットン生地がチノクロスと呼ばれる様になったのがこの頃からだそうです。
ドイツでナチスが台頭するとアメリカも機能的な軍服を開発する必要に迫られてきました。
1939年に試作、1941年に開発されたのがカリフォルニアコットンをカーキ色に染めた世界初のM41になります。
Aタイプは秋冬、Bタイプは春夏、Cタイプは熱帯と3種類用意しており41カーキ(チノパン)はCタイプに所属していました。
このチノパンも謎が多く頼りなのはミルスペックなのですが矛盾が非常に多いのです。
チノパンの初代(?)とされる37年が現代のプロトになったのは間違いないのですが、その後に41、42、43、45、52年型へと変化します。
37年はメタルボタンになります。
古着に興味のある方は下記をお読みください。
チノパンの見極めポイントは5つ。ボタン、ステッチ、ウォッチポケット、ポケット、ベルトループになります。これが基準です。
41の代表的なディテールは「U.S.ARMY」刻印のメタルボタンです。アウトシーム、インシームはダブルステッチです。要は2本針の巻縫いです。ウォッチポケットは両玉縁。フロントポケットは斜めのスラッシュ。タテポケは60年代以降。ベルトループはオフセット、形状は細い。
43は41モデルのフロントに対毒ガス用の通称「ガスフラップ」が追加される。(ボタンフライの下前が左見頃に大きく重なる)
ボタンが尿素ボタンになる。ウォッチポケットが片玉縁に。41、43ともにウエストバンドにチェーンステッチ
45はシームが割りになる物が多い。(希望者には2本針巻き縫いが支給された説あり)。ガスフラップが無くなる。尿素ボタン。当時はまだプラスチック樹脂が無かったのでユリア樹脂の尿素ボタンになる。ウォッチポケットは片玉縁。フロントのポケットはナナメのスラッシュでこのモデルが最後になる。ウエスト調整が出来る様に内側尻ぐりに出し布が見られる。
WW2後も退役した兵士は41、43カーキを愛用します。タフ、ケアが楽なのでワークウエアとしても大活躍。多くの人が穿いていたこのパンツをファッションブランドも注目します。60年代にファッションとして大分取り入れられます。70年代になるとラルフローレンがチノの紺のブレザーを合わせます。その後に日本で紺ブレが爆発したのはご存知の通りだと思います。
41チノは右綾の双糸です。双糸とは2本の糸を依らないで1本の糸として使います。高密度でしっかりとした生地になります。

正面から生地を見て右上から左下に畝が出るのが右綾です。
チノクロスと言われる現代の生地は左綾の単糸(1本の糸)

正面から見て左上から右下に畝が出るのが左綾です。
41チノで使われる右綾で双糸使いの生地をウエストポイント(略してウエポン)と呼ぶ。ウエストポイントは米軍の士官学校のあるニューヨーク州の地名です。
チノパンの世界も奥深いと思いませんか?
それではまた。。。
Our previous blog is in https://barnstormergotemba.blogspot.com


